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第22話 侯爵夫人にはならないけれど①

Author: なつめ
last update publish date: 2026-08-03 18:12:16

 エヴェルシア伯爵家を切り捨てると決めた翌日、リリアーナは驚くほど静かに目を覚ました。

 泣き疲れた朝の重さも、怒鳴ったあとの空虚さもなかったわけではない。胸の奥には、まだ鈍い痛みが残っている。だが、その痛みは昨日までとは少し違っていた。曖昧な苦しさではなく、形のある痛みだ。家族だと思っていたものが、最初からそうではなかったと知ってしまったあとに残る、静かな傷。

 窓の外は白い朝だった。雲はまだ多いが、薄い光は確かに差している。庭木の先には、小さな芽がいくつも見えた。春は遅い。遅いけれど、止まってはいない。

 寝台の上で身を起こし、リリアーナはしばらくその光を見ていた。

 伯爵家の本性。

 父の書いた走り書き。

 継母の手紙。

 商会とのやり取り。

 それらを胸の中でもう一度なぞってみても、気持ちは揺らがなかった。

 自分は売られていた。

 前世でも、今世でも。

 娘の幸せという柔らかな布を被せられていたけれど、中身は金と体面だけだった。

 そう分かってしまえば、逆に迷いは消える。

 切るべきものを切る。

 離れるべき場所から離れる。

 それだけだ。

 でも、もう一
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     エヴェルシア伯爵家を切り捨てると決めた翌日、リリアーナは驚くほど静かに目を覚ました。 泣き疲れた朝の重さも、怒鳴ったあとの空虚さもなかったわけではない。胸の奥には、まだ鈍い痛みが残っている。だが、その痛みは昨日までとは少し違っていた。曖昧な苦しさではなく、形のある痛みだ。家族だと思っていたものが、最初からそうではなかったと知ってしまったあとに残る、静かな傷。 窓の外は白い朝だった。雲はまだ多いが、薄い光は確かに差している。庭木の先には、小さな芽がいくつも見えた。春は遅い。遅いけれど、止まってはいない。 寝台の上で身を起こし、リリアーナはしばらくその光を見ていた。 伯爵家の本性。  父の書いた走り書き。  継母の手紙。  商会とのやり取り。  それらを胸の中でもう一度なぞってみても、気持ちは揺らがなかった。 自分は売られていた。  前世でも、今世でも。  娘の幸せという柔らかな布を被せられていたけれど、中身は金と体面だけだった。 そう分かってしまえば、逆に迷いは消える。  切るべきものを切る。  離れるべき場所から離れる。  それだけだ。 でも、もう一つだけ、切れないものが残っている。 セドリック。 その名を心の中で呼ぶだけで、胸の奥が少しだけざわめく。  前なら、ただ冷えるだけだった。  今は違う。  怒りもある。  悲しみもある。  そして、それだけでは足りないと知ってしまった苦しさがある。 前世で最初から愛していた。  守るための沈黙だった。  正しい判断と正しい愛し方は別だった。  そう言われて、許せるわけではない。  けれど、知ってしまった以上、昔みたいに「冷たいだけの男」とも言い切れない。 それが一番厄介だった。「お嬢様」 エマがそっと入ってくる。  盆の上には朝のお茶と、小さな白い封筒があった。 リリアーナはその封筒を見た瞬間、妙な予感を覚えた。  伯爵家の紋章ではない。  母方の家の印でもない。  だが、白い紙へ押された封蝋の形を見れば分かる。 ヴァレンティア侯爵家。「……また?」 「はい」 エマの声音は慎重だった。  たぶん、昨日のことを知っているからだろう。伯爵家の本性を突きつけ、父と継母へ決別のような言葉を吐いた娘に、今日はまた侯爵家から手紙が来る。普通なら、心

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